吉田松陰~明治維新の精神的支柱~

・吉田松陰の基本情報
生年:文政13年8月4日(1830年9月20日)
没年:安政6年10月27日(1859年11月21日)
享年:30歳
藩:長州藩

2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」では、伊勢谷友介さんが演じていますね。
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好奇心が無限大の吉田松陰

吉田松陰は長州藩士・杉百合之助の次男に生まれました。
その後、叔父でもある山鹿流兵学師範である吉田大助の養子となります。

藩の軍学者の道を歩んでいた松陰でしたが、彼の好奇心はその中で収まり切れませんでした。
アヘン戦争で清が西洋列強に大敗したことを知った松陰は、山鹿流兵学では日本国を守れないと感じたのです。
彼は、1850年に九州、続けて江戸に出て見聞を広めます。

そこまでは常識の範囲内です。
しかし、松陰は更なる好奇心を抑えることができません。
長州藩からの許しを待たず、東北へ遊学します。
「脱藩」してしまうのです。

そしてさらに、ペリーが浦賀に来航すると密航を計画し失敗します。
捕えられた松陰は長州藩に送り返されます。

脱藩も密航も大罪

脱藩も外国への密航も当時では大罪です。
死罪になってもおかしくない罪です。

彼は長州藩の野山獄(牢屋)に入れられます。
しかし、松陰の高い志は変わりません。
彼は、悪いことをしたとは恐らく思ってはいなかったでしょう。

松下村塾には松陰に似た物で溢れる

出獄を許された後、松陰は杉家(実家です)に幽閉となります。

杉家から一歩も外へ出れない身でも、松陰はめげません。
彼はここで叔父の松下村塾を引き継ぎます。
ここはただ学問を学ぶ塾ではなく、皆で一緒にこれからの日本について熱く意見を交わす場所でした。

松下村塾には、松陰に似た好奇心溢れる若者が集まってきます。
例えば、久坂玄瑞高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義などです。
いずれも明治維新には欠かせない重要な人物たちですね。

「安政の大獄」の標的に

井伊直弼のいわゆる安政の大獄が始まると、危険思想を持つとされた松陰は再び捕えられてしまいます。
特に理由もなく捕えられてしまうのです。

そして、江戸へ送られ取り調べを受けます。
何も喋らなければ釈放されたかもしれません。
しかし、松陰は「老中首座である間部詮勝の暗殺を計画した」と自ら話してしまうのです。

それがきっかけで、彼は斬首刑になります。

辞世の句

「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ぬとも 留置まし大和魂」
(たとえこの身が野辺に捨てられて朽ちてしまっても、大和魂だけはここにおいていきたい)

これは松陰の遺書の冒頭にある有名な部分です。
松陰の「強い大和魂」が感じられます。

この熱い思いを松下村塾の仲間たちが受け継ぎ、明治維新へ繋がっていくのです。

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