トゥーランドットのあらすじ~初めてのオペラ~

中国を舞台にしたオペラと言ったらジャコモ・プッチーニ作曲の「トゥーランドット(Turandot)」ですね。
荒川静香さんがトリノオリンピックでこのオペラのアリア「誰も寝てはならぬ(Nessun dorma)」をプログラム曲として使用したことでも有名です。
1924年、プッチーニはこのオペラを最後まで書き終えることなく、この世を去りました。
その後アルファーノの補筆によりこのオペラは完成しています。

ちなみに「トゥーランドット」という同じタイトルのオペラはプッチーニが書く以前に多くの作曲家(11人と言われている)によって書かれていました。
劇的でオペラにしやすい題材だったわけです。
この多くの「トゥーランドット」が存在する中、現在世界中で上演されるものはほとんどプッチーニの「トゥーランドット」のみとなっています。

プッチーニはこのタイプのオペラが多く、「ボエーム」も「マノン・レスコー」も同じ題材で他の作曲家が既に作曲していました。

ここでは、トゥーランドットのあらすじを簡単に紹介したいと思います。

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民衆を巻き込む謎解き対決

場所は中国の北京。

王女トゥーランドットは絶世の美女。
そのトゥーランドットと結婚するにはある条件が必要でした。

「彼女が出す3つの謎を解くこと」

もしその謎解きに挑戦して、それが分からなかった場合は首を切られてしまいます。
それでもダッタンの王子カラフはトゥーランドットに魅せられ、謎解きに挑戦すると言い出したました。

老いたダッタン王の手足となり、共に放浪していた奴隷のリューは必死にカラフを止めます。
リューはカラフに恋心を抱いているのです。
でも、カラフは聞く耳を持ちません。

大勢の民衆の見つめる中、謎解き対決が始まります。
すると、なんとカラフは3つの謎を解いてしまいます。

しかし、トゥーランドットは「私は誰のものにもならぬ」とだだをこね始めます。
それを見てカラフは「夜明けまでに私が出す謎が解けたら私は死のう」と言います。

その謎とは
「私の名前はなんでしょう。」

トゥーランドットは必死になって民衆に名前を調べさせます。
するとダッタン王とリューが捕まってしまいました。
リューは「私だけは名前を知ってます」とダッタン王をかばい、拷問を受けます。

でも、決して名前は言いません。
トゥーランドットに何故言わないのか聞かれると、
「愛の力です。私は彼を勝たせるために夜が明ける前に死にます。」
と言って、短刀を手に取り自殺します。

なおもカラフはトゥーランドットに愛を語り、それを拒む彼女に口づけをします。
そして自分の名前を教えるのです。

トゥーランドットは民衆を集めて「名前が分かった!彼の名前は愛です。」と言い、二人は結ばれるのでした。

ブッチーニのご当地三部作

オペラ「トゥーランドット」はプッチーニの「ご当地三部作」のうちの一つです。
あとの二つは「蝶々夫人」と「西部の娘」です。

「蝶々夫人」は「日本」
「西部の娘」は「アメリカ」
「トゥーランドット」は「中国」

それぞれの国を舞台とした作品の三つをまとめて「ご当地三部作」と呼ばれています。

トゥーランドットの中に溢れる中国的なメロディや楽器、衣装もまた見どころですね。

誰も寝てはならぬ

クラシック好きでない方も「誰も寝てはならぬ」という曲はどこかで聴いたことがあるかもしれません。

トゥーランドットが「誰も寝てはならぬ、奴の名前を調べるのです。分からなかったら全員殺します。」
というので、民衆は「皆寝ちゃダメだぞー。」と騒いでいます。

そこでカラフがこの曲を歌います。

誰も寝てはならぬかぁ~。
でも、私の名前は誰も知らない。
星よ、早くいなくなれ。
早く夜明けになるのだ。
夜明けになれば私は勝つのだ。

っていう感じの曲です。

ちなみに…
プッチーニはこのオペラを作曲している途中で亡くなりました。
その為、この「誰も寝てはならぬ」を含め、このオペラの最後の部分はプッチーニが作曲したものではありません。

歌詞がわかれば楽しさは何倍にも増しますので、より深く楽しみたい方はイタリア語の勉強もオススメです。

オペラDVDやオペラCDなどではもちろん、機会があれば是非生で一度トゥーランドットを楽しんでみて下さい!


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ドミンゴをはじめとした歌手陣も素晴らしい歌声を聴かせてくれていますよ!

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