新撰組に局中法度は存在したのか!?

新撰組を題材にしたドラマや映画には、必ずといっていい程局中法度が登場します。

武士道に背いてはいけない
脱走をしてはいけない
金策を勝手にしてはいけない
訴訟を勝手にしてはいけない
私事で刀を抜いてはいけない

これに背いたものは切腹を申し付ける

三谷幸喜の描いた大河ドラマにおいても、局中法度に背いて切腹をするシーンが見られましたね。

この厳しい局中法度のおかげで、荒くれ者の集団である新撰組の統率がとれているように度々描かれています。

しかし、この局中法度は実は存在しないかもしれないのです。

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そもそもは子母沢寛の新選組始末記

この局中法度は実は子母沢寛の新選組始末記で初めて登場します。
そして実はそれ以前には、局中法度は文献としては残っていないのです。

新選組と密に関係があった東本願寺の西村兼文の新選組物語にも、新選組隊士であった島田魁の日記にも、そして、局長である近藤勇の日記にも局中法度は出てきません。

会津藩の記録にもありません。

実は永倉新八の浪士文久報国記事には、局中法度に似たものは書かれています。
ですので、局中法度がなかったとしてもそれに似たような厳しい掟は存在していたのかもしれません。
もしかしたら、永倉の記録が元に局中法度が書かれている可能性もあります。

専門家からは捏造説も浮上

このような理由から、専門家の間では局中法度は捏造だという説もあります。

小説を盛り上げるために、あえて作ったのでしょうか。事実は闇のままです。

しかし、実際に局中法度があったのだとすれば新撰組隊士であった永倉や島田がなぜ記録として残していないのか疑問符がつきますね。

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