欧米諸国は産業革命以降、急速に文明が発達します。
資本主義も誕生し、競争もますます激しくなりました。
その結果、欧米諸国の自国の市場は飽和状態になってきました。
その結果、まだ未開の国の市場を開こうとしました。

その中でも最も積極的だったのがイギリスです。
インドの植民地化もそうですが、皆さんもよくご存知のアヘン戦争は特に日本に影響を与えました。

イギリスの他にもアメリカ、ロシア、フランスなどもアジアを狙って進出してきていました。

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アヘン戦争とは

アヘン戦争とは要するにイギリスと中国(当時は清)の戦争です。
イギリスから中国にアヘンが次々と輸入されます。それにより、中国は多くの銀を失います。
中国は、アヘンを輸入禁止令を出します。

それに怒ったイギリスが軍事力にものを言わせて、中国を倒してしまったのがアヘン戦争です。

これによる南京条約で、イギリスは香港を手に入れて東アジア進出のための基地を得ました。

日本の尊皇攘夷論が盛り上がる

アヘン戦争は幕末の日本にも伝わります。
このままでは、日本は中国と同じような状態になってしまうのではないかと皆が危機感をつのらせます。

当時留学から帰ってきた高杉晋作もアヘン戦争に大きな影響を受けたという記録も残っています。

日本を変えなければ、日本は滅びてしまう!という思いが、尊皇攘夷派の志士たちを生み、やがて倒幕へと繋がっていくのです。

オランダは日本を開国させたくなかった

欧米諸国のターゲットとなりつつあった日本ですが、オランダだけは開国には反対でした。
日本はオランダとだけは江戸時代にも貿易をしていましたね。鎖国の中でもオランダだけは例外だったのです。

その既得権益をオランダは守りたかったわけです。
当然ですね。

その後、あのペリーが浦賀に来航するわけですが、実はそのことも幕府は事前に情報をキャッチしていました。
オランダは開国して欲しくないので、日本に情報を流していたのです。

ちなみに当時のアメリカが開国を求める理由の一つに、捕鯨の中継基地として日本を利用しようとしていました。

結果は皆さんご存知の通り、日本は開国することになります。
時代の流れには逆らえなかったのですね。
軍事力に相当の差もありましたので、当然の結果ではあります。

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