大分県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみた

今回は大分県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみました。

もちろん9人以外にもプロ野球界で活躍した大分県出身の選手はいますので、そちらを含め大分を代表するプロ野球選手たちをその後にまとめてみました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

ベストナイン

異論はあるかもしれませんが、このようになりました。

1番 野村 謙二郎(ショート)
2番 鉄平(ライト)
3番 内川 聖一(レフト)
4番 大島 康徳(ファースト)
5番 葛城 隆雄(センター)
6番 岡崎 郁(サード)
7番 阿南 準郎(セカンド)
8番 城島健司(キャッチャー)※
9番 稲尾 和久(ピッチャー)

城島健司は捕手がいないため特別枠です。
長崎県出身ですが別府大学付属高校出身ですので助っ人として加えました。

投手

稲尾 和久(いなお かずひさ、1937年6月10日 – 2007年11月13日)

「神様、仏様、稲尾様」でお馴染みの日本を代表する伝説的ピッチャーです。

最多勝:4回(1957年、1958年、1961年、1963年)
最高勝率:2回(1957年、1961年)
最優秀防御率:5回(1956年 – 1958年、1961年、1966年)
最多奪三振:3回(1958年、1961年、1963年)
新人王(1956年)
最優秀投手:2回 (1957 – 1958年)
MVP:2回(1957年、1958年)
ベストナイン:5回(1957年、1958年、1961年 – 1963年)
と数え切れないほどの栄光を手にしています。

大分県立別府緑丘高等学校
西鉄ライオンズ (1956 – 1969)

高橋 直樹(たかはし なおき、1945年2月15日 – )

通算169勝を誇り、ノーヒットノーランも達成しました。

大分県立津久見高等学校
早稲田大学
日本鋼管
東映フライヤーズ/日拓ホームフライヤーズ/日本ハムファイターズ (1968 – 1980)
広島東洋カープ (1981 – 1982)
西武ライオンズ (1982 – 1985)
読売ジャイアンツ (1986)

川崎 憲次郎(かわさき けんじろう、1971年1月8日 – )

ヤクルトの一時代を築いたエースで、1998年に最多勝と沢村賞を獲得しました。

大分県立津久見高等学校
ヤクルトスワローズ (1989 – 2000)
中日ドラゴンズ (2001 – 2004)

安藤 優也(あんどう ゆうや、1977年12月27日 – )

阪神の一時代を築いている名ピッチャー。
「勝利の方程式」で阪神の18年振りセリーグ優勝に貢献しました。

大分県立大分雄城台高等学校
法政大学
トヨタ自動車
阪神タイガース (2002 – )

山口 俊(やまぐち しゅん、1987年7月11日 – )

更なる飛躍が期待される横浜には欠かせないピッチャーです。
2015年までに348試合に登板しています。

柳ヶ浦高等学校
横浜ベイスターズ/横浜DeNAベイスターズ (2006 – )

吉田 豊彦(よしだ とよひこ、1966年9月4日 – )

1994年に捕手の吉永幸一郎と共に最優秀バッテリー賞を受賞しました。
通算619試合に登板し、81勝をあげています。
選手時代の後半は中継ぎ投手として活躍しました。

大分県立国東高等学校
本田技研熊本
南海ホークス/福岡ダイエーホークス (1988 – 1998)
阪神タイガース (1998 – 2001)
大阪近鉄バファローズ (2002 – 2004)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2005 – 2007)

弓長 起浩(ゆみなが たつひろ、1967年7月5日 – )

先発した試合は1度もなく、中継ぎとして阪神のブルペン陣を11年に渡って支えました。
通算400試合に登板しています。

大分県立国東高等学校
亜細亜大学
熊谷組
阪神タイガース (1992 – 2002)

吉武 真太郎(よしたけ しんたろう、1975年6月3日- )

1997年には3試合連続無四球完投勝利で注目を集めました。
通算319試合に登板しています。

大分県立国東高等学校
福岡ダイエーホークス
福岡ソフトバンクホークス (1994 – 2006)
読売ジャイアンツ (2007 – 2008)

内野手

葛城 隆雄(かつらぎ たかお、1936年12月21日 – 2013年7月27日)

打点王2回 (1958年、1959年)、ベストナイン2回(1958年、1959年)を獲得した名選手です。
三塁手、遊撃手、外野手として活躍し、通算1745安打を放ちました。

大分県立大分上野丘高等学校
毎日オリオンズ
大毎オリオンズ (1955 – 1963)
中日ドラゴンズ (1964 – 1969)
阪神タイガース (1970)

大島 康徳(おおしま やすのり、1950年10月16日 – )

1983年にホームラン王を獲得し、通算2204安打、382本塁打を放ちました。
三塁手、一塁手、左翼手として活躍しました。

大分県立中津工業高等学校
中日ドラゴンズ (1969 – 1987)
日本ハムファイターズ (1988 – 1994)

岡崎 郁(おかざき かおる、 1961年6月7日 – )

オールスターでは三塁手として4年連続でファン投票で選出されました。(1989年 – 1992年)
ゴールデングラブ賞も1990年に受賞しています。

大分県立大分商業高等学校
読売ジャイアンツ (1980 – 1996)

野村 謙二郎(のむら けんじろう、1966年9月19日 – )

ご存知日本屈指の遊撃手です。
最多安打3回(1991年、1994年、1995年)、盗塁王3回 (1990年、1991年、1994年)、ベストナイン3回 (1991年、1995年、1996年)、ゴールデングラブ賞1回(1995年)など輝かしい実績を誇ります。
通算2020安打を放ちました。

大分県立佐伯鶴城高等学校
駒澤大学
広島東洋カープ (1989 – 2005)

今宮 健太(いまみや けんた、1991年7月15日 – )

常勝ソフトバンクの不動のショートです。
ベストナインを1回(2014年)、ゴールデングラブ賞を3回(2013年 – 2015年)受賞しています。

明豊高等学校
福岡ソフトバンクホークス (2010 – )

鳥越 裕介(とりごえ ゆうすけ、1971年7月1日 – )

大分県はソフトバンクのショートと縁がある様です。
通算1057試合に出場しました。
「守備の人」のイメージも強く、2001年には122に出場しながら打率.174という珍記録も打ち立てています。

大分県立臼杵高等学校
明治大学
中日ドラゴンズ (1994 – 1999)
福岡ダイエーホークス/福岡ソフトバンクホークス (1999 – 2006)

阿南 準郎(あなん じゅんろう、1937年9月2日 – )

元祖ユーティリティープレーヤーとも言える選手で、内野手として活躍しました。
通算1415試合に出場し746安打を放ちましたが、規定打席に達したのは1年だけでした。

大分県立佐伯鶴城高等学校
広島カープ/広島東洋カープ (1956 – 1968)
近鉄バファローズ (1969 – 1970)

脇谷 亮太(わきや りょうた、1981年11月4日 – )

ユーティリティープレーヤーとして2015年までに744試合に出場。

柳ヶ浦高等学校
日本文理大学
NTT西日本
読売ジャイアンツ (2006 – 2013)
埼玉西武ライオンズ (2014 – 2015)
読売ジャイアンツ (2016 – )

外野手

内川 聖一(うちかわ せいいち、1982年8月4日 – )

日本を代表する右バッターで、数多くのタイトルを獲得しています。
首位打者:2回(2008年、2011年)
最多安打:2回(2008年、2012年)
最高出塁率:1回(2008年)
MVP:1回(2011年)
ベストナイン:5回(2008年、2009年、2011年、2012年、2013年)
日本シリーズMVP:1回(2014年)

大分県立大分工業高等学校
横浜ベイスターズ (2001 -2010 )
福岡ソフトバンクホークス (2011 – )

鉄平(土谷 鉄平 つちや てっぺい、1982年12月27日 – )

楽天で才能が開花し2009年には首位打者を獲得し、同年にベストナインにも選ばれました。

大分県立津久見高等学校
中日ドラゴンズ (2001 – 2005)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2006 – 2013)
オリックス・バファローズ (2014 – 2015)

廣瀬 純(ひろせ じゅん、1979年3月29日 – )

2015年までに977試合に出場、595安打を放っています。

大分県立佐伯鶴城高等学校
法政大学
広島東洋カープ (2001 – )

葛城 育郎(かつらぎ いくろう、1977年9月28日 – )

外野手、一塁手として活躍し、通算750試合に出場しました。

岡山県立倉敷商業高等学校
立命館大学
オリックス・ブルーウェーブ (2000 – 2003)
阪神タイガース (2004 – 2011)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連記事とスポンサーリンク