秋田県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみた

今回は秋田県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみました。

もちろん9人以外にもプロ野球界で活躍した秋田県出身の選手はいますので、そちらを含め秋田を代表するプロ野球選手たちをその後にまとめてみました。

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ベストナイン

異論はあるかもしれませんが、このような結果となりました。
投手陣はかなり強力です。

1番 後藤 光尊(ショート)
2番 佐藤 純一(ライト)
3番 滝田 政治(センター)
4番 落合 博満(セカンド)
5番 石井 浩郎(サード)
6番 中嶋 聡(キャッチャー)
7番 渡辺 誠太郎(ファースト)
8番 武藤 一邦(レフト)
9番 山田 久志(ピッチャー)

投手

山田 久志(やまだ ひさし、1948年7月29日 – )

日本プロ野球界史上最高の「アンダースローの投手」です。
通算654試合に登板し284勝・防御率3.18と素晴らしい成績を残しました。
2006年には野球殿堂入りも果たしました。
オールスターにも13度選ばれており、まさに往年のスーパースターです。

主なタイトル等
最多勝3回(1972年、1976年、1979年)
最優秀防御率2回(1971年、1977年)
最高勝率4回(1971年、1976年、1978年、1979年)
MVP3回(1976年 – 1978年)
ベストナイン5回(1971年、1972年、1976年、1977年、1979年)
ダイヤモンドグラブ賞5回 (1977年 – 1979年、1981年、1982年)

秋田県立能代高等学校
富士製鐵釜石
阪急ブレーブス (1969 – 1988)

石川 雅規(いしかわ まさのり、1980年1月22日 – )

ご存知167cnの小さな大投手で、長年ヤクルトの投手陣を引っ張り続けています。
2015年までに384試合に登板し、144勝・防御率3.73の成績を残しています。
ヤクルトのエースとして開幕投手を7度務め、2008年には最優秀防御率のタイトルを獲得しました。

秋田市立秋田商業高等学校
青山学院大学
ヤクルトスワローズ/東京ヤクルトスワローズ (2002 – )

攝津 正(せっつ ただし、1982年6月1日 – )

最多勝・沢村賞を獲得した2012年のような素晴らしい活躍が期待されるソフトバンクのエースです。
1,2年目は中継ぎとして2年連続で70試合以上に登板し(2年連続で最優秀中継ぎ投手)、3年目以降は先発としてソフトバンクの投手陣を支えています。
2015年までに261試合に出場し75勝。防御率2.72の成績を残しています。

秋田経済法科大学附属高等学校
JR東日本東北
福岡ソフトバンクホークス (2009 – )

石山 泰稚(いしやま たいち、1988年9月1日 – )

これからの活躍が期待される 2012年のドラフト1位です。
2015年までに116試合に登板し、11勝・防御率3.81の成績を残しています。

秋田県立金足農業高等学校
東北福祉大学
ヤマハ
東京ヤクルトスワローズ (2013 – )

捕手

中嶋 聡(なかじま さとし、1969年3月27日 – )

実働年数29年は工藤公康・山本昌と並んで日本プロ野球界の最長記録です。
通算1550試合に出場し804安打・打率.232の成績を残しました。
1989年にゴールデングラブ賞、1995年にベストナイン・最優秀バッテリー賞を獲得しています。

秋田県立鷹巣農林高等学校
阪急ブレーブス
オリックス・ブレーブス
オリックス・ブルーウェーブ (1987 – 1997)
西武ライオンズ (1998 – 2002)
横浜ベイスターズ (2003)
北海道日本ハムファイターズ (2004 – 2015)

伊藤 勝三(いとう かつぞう、1907年5月14日 – 1982年2月10日)

戦前に活躍した選手で、選手兼任監督第1号の人物です。
1936年に入団し、その年の途中から監督を務めました。
選手としても監督としても、その年限りの活躍でした。
通算14試合の出場に終わっています。

秋田県立秋田中学校 (旧制)
慶應義塾大学 (旧制)
東京倶楽部
大東京軍 (1936)

内野手

石井 浩郎(いしい ひろお、1964年6月21日 – )

1994年に打点王も獲得した強打者で、近鉄の主軸を務めました。
通算974試合に出場し、894安打・162本塁打・打率.289の成績を残しました。
オールスターにも3度選ばれています。

秋田県立秋田高等学校
早稲田大学
プリンスホテル
近鉄バファローズ (1990 – 1996)
読売ジャイアンツ (1997 – 1999)
千葉ロッテマリーンズ (2000 – 2001)
横浜ベイスターズ (2002)

落合 博満(おちあい ひろみつ、1953年12月9日 – )

日本プロ野球史上唯一の3度の三冠王を達成している説明不要の大打者です。
数多くのタイトルはもちろん、通算成績も2371安打・510本塁打・打率.311と群を抜いています。
ベストナイン10回・オールスター出場15回と、球界のスーパースターとして長く活躍しました。

主要3タイトル
首位打者5回(1981年 – 1983年、1985年、1986年)
本塁打王5回(1982年、1985年、1986年、1990年、1991年)
打点王5回(1982年、1985年、1986年、1989年、1990年)

秋田県立秋田工業高等学校
東洋大学 中退
東芝府中
ロッテ・オリオンズ (1979 – 1986)
中日ドラゴンズ (1987 – 1993)
読売ジャイアンツ (1994 – 1996)
日本ハムファイターズ (1997 – 1998)

後藤 光尊(ごとう みつたか、1978年7月27日 – )

ショート、サードを守っていましたが、6年目あたりからはセカンドとして活躍しています。
オリックスを長年牽引したのちに、2014年からは楽天へ移籍しました。
2015年までに1311試合に出場し1232安打・打率.270の成績を残しています。

秋田県立秋田高等学校
法政大学(中退)
川崎製鉄千葉
オリックス・ブルーウェーブ
オリックス・バファローズ (2002 – 2013)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2014 – )

渡辺 誠太郎(わたなべ せいたろう、1922年2月8日 – 2013年6月22日)

戦前戦後に投手・一塁手として活躍した「元祖二刀流」選手です。
打者として219試合に出場し113安打・打率.252、投手としては149試合に登板し30勝・防御率.3.79の成績を残しました。

秋田市立土崎商業学校
阪神軍
大阪タイガース (1941 – 1943, 1946 – 1947)
大陽ロビンス
松竹ロビンス (1948 – 1950)
大洋ホエールズ (1951)

外野手

滝田 政治(たきた まさはる、1926年10月26日 – )

戦後のプロ野球界で活躍した、外野手・一塁手です。
通算1314試合に出場し991安打・打率.257の成績を残しました。

秋田県立秋田中学校 (旧制)
秋田鉱山専門学校 (旧制)
中央工業
急映フライヤーズ (1948)
大映スターズ (1949 – 1956)
阪急ブレーブス (1957 – 1961)
阪神タイガース (1962)

佐藤 純一(さとう じゅんいち、1960年7月18日 – )

通算290試合に出場し、35安打・打率.230の成績を残しました。
引退後は審判として活躍しており、2012年には1500試合出場を果たしました。

秋田県立大曲高等学校
秋田相互銀行
近鉄バファローズ (1983 – 1990)

武藤 一邦(むとう かずくに、1959年1月20日 – )

通算77試合に出場し、8安打・打率.123に終わっています。

秋田市立秋田商業高等学校
法政大学
ロッテオリオンズ (1981 – 1988)

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