バド・パウエルの生涯とオススメ~ジャズ名盤・名演~

バド・パウエル(Bud Powell,1924年9月27日~1966年7月31日)は、「モダン・ジャズ・ピアノの元祖」とも言われるジャズピアニストです。
日本でも人気を誇るジャズピアニストの一人でもあり、多くのプレイヤーたちも崇拝するピアニストです。

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音楽一家の中で生まれ育った

バド・パウエルは1924年にニューヨークに生まれました。
家庭は、祖父がフラメンコ・ギタリスト、父がピアニスト、兄ウィリアムはトランペットとヴァイオリンを演奏するといった、まさに音楽一家でした。
後に生まれる弟のリッチーもピアニストとして活躍しています。

bud powell

バドも6歳でピアノをはじめ、8歳でジャズに興味を持ち始め、15歳の頃には高校を中退して兄のいるバンドでプロの卵としてピアノを弾くようになっていました。
7歳年上のセロニアス・モンクとは10代の頃から交流があり、モンクにジャズクラブに連れていってもらい、またモンクからジャズの音楽理論も学んだそうです。

最盛期を迎えた30代

順調に音楽活動をしていたバド・パウエルは、1945年に精神疾患で入院することになりますが、それでも才能は開花しました。
1940年代後半から50年代初めにかけての、バド・パウエルが20代後半から30代前半の頃に彼は音楽的に充実した時間を過ごします。
「The Amazing Bud Powell, Volume One」「The Amazing Bud Powell, Volume Two」はこの頃の作品です。

その後は再び精神的に悩まされ、それに薬物・アルコール中毒も重なりますが、その状態で録音された名作が1958年の「Scene Changes」です。

最も有名な「クレオパトラの夢」

このアルバムの中でも最も有名な曲が第1曲目の「クレオパトラの夢」です。
ジャズ好きではなくても1度は聴いたことがあるかもしれません。
また、曲中で聴こえてくるバド・パウエルの唸るような声もとても印象的です。

「モダン・ジャズ・ピアノの元祖」たる所以を聴きたいのであれば、「The Amazing Bud Powell, Volume One」「The Amazing Bud Powell, Volume Two」かもしれませんが、独特の空気感に多くの日本人がこのアルバムに魅了されています。

ジャケットにちょこんと写っている子供は彼の息子です。

フランスに移住

その後アメリカのジャズ界では不況の嵐が吹き荒れます。
この不況の中で多くのジャズミュージシャンがヨーロッパへ拠点を移しました。
バド・パウエルも例外でなく、1959年~1964年の間、妻と息子を連れてフランス・パリへ移り住みました。
このフランスへの移住は彼にとってプラスに働きます。
環境は好転し、聴衆は温かく迎え入れてくれることで穏やかな生活を送ることができたそうです。
※この頃バド・パウエルがパリで活動していた実話を元にした映画「ラウンド・ミッドナイト(Round Midnight)」が1986年に作られています。

その後、1964年アメリカに帰国しましたが、3年後の1966年に41歳の若さで生涯を終えました。
死因は結核、栄養失調、アルコール中毒だったそうです。
フランスでの生活は穏やかなものだったそうですが、その前に既に身体は蝕まれてしまっていたのかもしれません。

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