熊本県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみた

今回は熊本県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみました。

もちろん9人以外にもプロ野球界で活躍した熊本県出身の選手はいますので、そちらを含め熊本を代表するプロ野球選手たちをその後にまとめてみました。

野球の盛んな熊本県だけあって、名選手が揃いに揃っています。
それだけではなく、プロ野球監督経験者も何人もいるのが驚きです。

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熊本県ベストナイン

異論はあるかもしれませんが、このような結果となりました。

1番 真弓 明信(ショート)
2番 荒木 雅博(セカンド)
3番 前田 智徳(ライト)
4番 川上 哲治(ファースト)
5番 松中 信彦(レフト)
6番 江藤 慎一(DH)
7番 秋山 幸二(センター)
8番 前田 益穂(サード)
9番 伊東 勤(キャッチャー)
投手 野田 浩司(ピッチャー)

熊本県出身の投手

野田 浩司(のだ こうじ、1968年2月9日-/熊本県球磨郡多良木町)

1試合19奪三振の日本新記録を達成した名投手です。
フォークを武器に三振の山を築きましたが、晩年は右肘の故障に泣きました。
通算316試合に登板し、89勝・防御率3.50の成績を残しました。

最多勝1回(1993年)
ゴールデングラブ賞1回(1993年)

熊本県立多良木高等学校
九州産交
阪神タイガース (1988-1992)
オリックス・ブルーウェーブ (1993-2000)

山内 孝徳(やまうち たかのり、1956年8月5日-/熊本県上天草市)

通算100勝・防御率4.43の成績を残しました。
オールスターにも3度選ばれています。

鎮西高等学校
電電九州
南海ホークス/福岡ダイエーホークス(1981-1992)

馬原 孝浩(まはら たかひろ、1981年12月8日-/熊本県熊本市)

ダイエー・ソフトバンクの守護神として活躍し、通算385試合に登板し182セーブ・防御率2.83の成績を残しました。

最多セーブ投手(2007年)

熊本市立必由館高等学校
九州共立大学
福岡ダイエーホークス/福岡ソフトバンクホークス(2004-2012)
オリックス・バファローズ(2013-2015)

遠山 奬志(とおやま しょうじ、1967年7月21日-/熊本県葦北郡田浦町)

野村克也監督のもと、左のワンポイントリリーフとして活躍し、松井秀喜・高橋由伸キラーとして名を残しました。
通算393試合に登板し防御率4.38の成績を残しました。

八代第一高等学校
阪神タイガース (1986-1990)
ロッテオリオンズ
千葉ロッテマリーンズ (1991-1997)
阪神タイガース (1998-2002)

熊本県出身の捕手

伊東 勤(いとう つとむ、1962年8月29日-/熊本県熊本市)

プロ野球史に残る、西武の黄金時代を支えた名キャッチャーです。
ベストナイン、ゴールデングラブ賞の受賞歴を見て分かるように、1985年からの十数年は彼の時代と言えるでしょう。
通算2379試合・打率.247・1738安打・156本塁打の成績を残しました。

ベストナイン10回(1985年-1988年.1990年-1992年.1997年.1998年.2002年)
ゴールデングラブ賞11回(1985年-1988年.1990年-1992年.1994年.1995年.1997年.1998年)
最優秀バッテリー賞6回

熊本県立熊本工業高等学校
埼玉県立所沢高等学校
西武ライオンズ (1982 – 2003)

吉原 正喜(よしはら まさき/1919年1月2日-1944年10月10日/熊本県熊本市)

高校時代は川上 哲治とバッテリーを組み、プロではスタルヒン、沢村栄治ら強力投手陣を引っ張りました。
25歳の若さで戦死してしましましたが、その功績から1978年に野球殿堂入りを果たしています。
吉原の付けていた背番号「27」は名捕手の代名詞となり、森昌彦・大矢明彦・伊東勤・古田敦也・谷繁元信とその背番号は受け継がれています。

熊本県立工業学校
東京巨人軍 (1938-1941)

熊本県出身の内野手

川上 哲治(かわかみ てつはる、1920年3月23日-2013年10月28日/熊本県人吉市)

史上初の2000本安打を達成した「打撃の神様」です。
ジャイアンツの監督としても9年連続日本一という不滅の大記録を成し遂げました。

主なタイトルなど
首位打者5回(1939年.1941年.1951年.1953年.1955年)
本塁打王2回(1940年.1948年)
打点王3回(1939年.1941年.1955年)
MVP3回(1941年.1951年.1955年)
ベストナイン10回(1940年.1947年-1949年.1951年.1953年.1955年-1958年)

熊本県立工業学校
東京巨人軍
読売ジャイアンツ (1938-1942.1946-1958)

荒木 雅博(あらき まさひろ、1977年9月13日-/熊本県菊池郡菊陽町)

井端弘和(ショート)と二遊間を組んだ「アライバ」コンビで一世を風靡し、井端と共に6年連続でゴールデングラブ賞(2004年-2009年)を獲得しました。
2017年には通算2000本安打も期待されている選手です。

タイトルなど
盗塁王1回(2007年)
ベストナイン3回(2004年-2006年)
ゴールデングラブ賞6回(2004年-2009年)

熊本県立熊本工業高等学校
中日ドラゴンズ (1996-)

真弓 明信(まゆみ あきのぶ、1953年7月12日-/熊本県玉名郡南関町)

熊本県で生まれ、小学3年生時に福岡県大牟田市へ移りました。
初回先頭打者本塁打を通算41本も放っており、史上最強の一番打者と評されることもしばしばです。
1985年には1番打者として打率.322・34本塁打・84打点を記録しました。
またショート、セカンド、外野手と3つのポジションでベストナインを獲得しています。

首位打者1回(1983年)
ベストナイン3回(1978年、1983年、1985年)

柳川商業高等学校
電電九州
太平洋クラブライオンズ/クラウンライターライオンズ (1973 – 1978)
阪神タイガース (1979 – 1995)

古葉 竹識(こば たけし、1936年4月22日-/熊本県熊本市)

セカンド・ショートとして活躍し、通算1369安打・44本塁打・打率.252の成績を残しました。
また監督として広島東洋カープを球団史上初のリーグ優勝・日本一に導きました。

盗塁王2回(1964年.1968年)
ベストナイン1回(1963年)

熊本県立済々黌高等学校
専修大学
日鉄二瀬
広島カープ/広島東洋カープ (1958 – 1969)
南海ホークス (1970 – 1971)

柏原 純一(かしわばら じゅんいち、1952年6月15日-/熊本県八代市)

1980年代前半の日本ハムの主力メンバーとしてチームを引っ張りました。
通算1437安打・232本塁打・打率.268の成績を残しました。

ベストナイン3回(一塁手部門:1978年.1981年.1982年)
ダイヤモンドグラブ賞4回(一塁手部門:1978年.1979年.1981年.1982年)

熊本県立八代東高等学校
南海ホークス (1971-1977)
日本ハムファイターズ(1978-1985)
阪神タイガース(1986-1988)

前田 益穂(まえだ ますほ、1939年5月24日-/熊本県熊本市東区)

内野の様々な守備位置を経験し、通算1205安打・117本塁打・打率.249の成績を残しました。
オールスターにも3度選ばれています。

熊本県立熊本工業高等学校
中日ドラゴンズ (1958 – 1963)
東京オリオンズ/ロッテオリオンズ (1964 – 1975)

熊本県出身の外野手

松中 信彦(まつなか のぶひこ、1973年12月26日/熊本県八代市)

通算1767安打・352本塁打・通算打率.296を記録した、ダイエー・ソフトバンクの一時代を築きあげた名バッターです。
第1回WBCでも4番を務め日本の世界一に大きく貢献しました。
ポジションはレフト・ファーストの守備で活躍しました。

首位打者(2004年、2006年)本塁打王2回(2004年、2005年)打点王3回(2003年-2005年)MVP2回(2000年、2004年)ベストナイン5回(2000年、2003年-2006年)をはじめとした輝かしい実績を誇っています。
※2004年は三冠王

八代第一高等学校
新日本製鐵君津
福岡ダイエーホークス
福岡ソフトバンクホークス (1997-2015)

秋山 幸二(あきやま こうじ、1962年4月6日/熊本県八代郡宮原町氷川町)

西武の黄金時代を支えた、走攻守の3拍子が揃った名選手です。
通算成績2157安打・437本塁打・打率.270を誇ります。
1989年にはトリプルスリーも達成しました。
正力松太郎賞を選手と監督の両方で受賞しているのは、秋山と王貞治の2人だけです。

主なタイトルなど
本塁打王1回(1987年)
盗塁王1回(1990年)
ベストナイン8回(1986年-1993年)
ゴールデングラブ賞11回(1987年-1996年.1999年)

熊本県立八代高等学校
西武ライオンズ (1981-1993)
福岡ダイエーホークス (1994-2002)

前田 智徳(まえだ とものり、1971年6月14日-/熊本県玉名市)

シーズン打率3割以上を11回も記録した天才バッターですが、意外なことに首位打者などのタイトルは獲得したことがありません。
通算2119安打を放ち、生涯打率も.302と素晴らしい記録を残しました。
ケガさえなければ、さらに輝かしい記録を残したとしばしば言われています。

ベストナイン4回(1992年-1994年.1998年)
ゴールデングラブ賞4回(1991年-1994年)

熊本県立熊本工業高等学校
広島東洋カープ (1990 – 2013)

江藤 慎一(えとう しんいち、1937年10月6日-2008年2月28日/熊本県山鹿市)

福岡県で生まれた後に、熊本県に移り住みました。
1964年、1965年に2年連続で首位打者に輝き、王貞治の三冠王を阻みました。
通算2057安打・367本塁打・打率.287の輝かしい成績を残しています。
外野手の他に、捕手としても活躍しました。

首位打者3回(1964年.1965年.1971年)
ベストナイン6回(1961年.1963年-1966年.1968年)

熊本県立熊本商業高等学校
日鉄二瀬
中日ドラゴンズ (1959 – 1969)
ロッテオリオンズ (1970 – 1971)
大洋ホエールズ (1972 – 1974)
太平洋クラブライオンズ (1975)
ロッテオリオンズ (1976)

高倉 照幸(たかくら てるゆき、1934年12月8日-/熊本県熊本市)

通算1611安打・168本塁打・打率.276の成績を残しました。
1番打者として通算先頭打者本塁打は18本を数え、初球から積極的に打つ打撃でファンを魅了しました。

ベストナイン3回(1959年.1964年.1966年)

熊本県立熊本商業高等学校
西鉄ライオンズ(1953-1966)
読売ジャイアンツ(1967-1968)
アトムズ/ヤクルトアトムズ(1969-1970)

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