アレックス・ラミレスが2016年の横浜DeNAベイスターズに就任しました。
「ラミちゃん」の愛称で親しまれていた現役時代のように、またプロ野球界を盛り上げてくれることだと思います。
また外国人として初めて2000安打を達成し名球会にも入りました。

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お馴染みのパフォーマンス

ラミレスと言えば、ホームラン後にベンチのカメラ前でおこなうパフォーマンスが強く印象に残っている方も多いと思います。
志村けんの「アイーン」、ダンディー坂野の「ゲッツ」などのシーンが特に有名ですね。
アメリカでは選手への挑発だととられますが、日本ではOKだと確認したラミレスは積極的にパフォーマンスを取り入れたそうです。
ラミレスのパフォーマンスでプロ野球界が盛り上がったことは間違いありません。

ここでは、ラミレスの野球人生を振り返っていこうとおもいます。

来日前

ラミレスはベネズエラの小さな町で生まれました。
ほとんどが自分たちの親族で構成されている小さな町だったそうです。
そして5歳で野球をはじめ18歳のときにクリーブランド・インディアンズと契約します。

1998年~2000年はクリーブランド・インディアンズで、2000年途中からピッツバーグ・パイレーツでプレーしました。
メジャーでプレーはしましたが、大活躍とまではいかず3年間で「135試合86安打12本塁打48打点、打率.259」の成績でした。

2001年より日本に来るわけですが、もう少しメジャーでプレーをしていたら開花していた可能性もあったかもしれませんね。

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日本プロ野球時代

ヤクルト時代

2001年よりヤクルトでプレーしますが、当時はすぐにアメリカへ戻る予定だったそうです。
1年目より助っ人として活躍し、ヤクルトもリーグ優勝・日本一を達成します。
その後も安定した活躍をし、2007年にはシーズン200本安打を放ちました。
2007年の成績は驚異的で、「打率.343/204安打29本塁打122打点」をマークしています。

この驚異的な2007年のシーズン終了後、ラミレスは巨人へ移籍することになります。
ラミレスは複数年契約を希望しており、その希望さえ通ればヤクルトへ残留したと言われています。
しかしヤクルト側は複数年契約は提示せず、あくまで単年契約でした。

baseball

巨人で外国人選手がプレーすることは大変なことだと聞かされていたラミレスは入団を迷ったとされています。
しかし自分自身の希望である複数年契約が決め手となり最終的に契約に至りました。
巨人は「ヒゲ禁止」ですので、ヤクルト時代にはびっしり生えていたヒゲを剃ることになります。

圧巻の巨人時代

2007年の勢いは巨人へ移籍してもそのまま続きます。
1年目の2008年から4番を任され、打率.319/45本塁打125打点(打点王)をマークしセリーグのMVPにも選ばれました。
2年目の2009年には打率.322/31本塁打103打点をマークし、首位打者と最多安打のタイトルを手にし、2年連続でセリーグのMVPに選ばれました。
3年目の2010年は打率.304/49本塁打129打点というまたもや圧巻の成績で、本塁打王・打点王に輝いています。

この巨人に入団してからの3年間は、ラミレスのまさに全盛期です。
巨人移籍して活躍できない選手が多い中でこれほどの活躍ができるのは、優れた技術と同様に素晴らしい精神力の持ち主であるのは間違いないでしょう。
チームの2007~2009年の3連覇もラミレス抜きでは達成できなかったかもしれません。

また2009年にFAの資格を取得し、それよりは日本人選手扱いとなっています。
助っ人でありながら日本人枠でプレーする、最強の助っ人外国人ですね。

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2011年には松井秀喜の持つ4番での連続先発出場記録を更新しますが、シーズン成績は落ち込みこの年を最後に横浜DeNAベイスターズへ移籍します。
ただ成績は落ちましたが、打率.279/23本塁打73打点と一定の成績は残しています。
打撃よりも、シーズンで目立った守備力の低下が原因だと言われています。

DeNAから群馬へ

その後DeNAで1年目こそ成績を残しましたが、2年目は出場機会が激減しDeNAを退団します。

退団後はNPB復帰を視野に入れて群馬ダイヤモンドペガサスでプレーしましたが、結局獲得する球団は現れませんでした。

印象と異なる緻密性

ラミレスはそのパフォーマンスから豪快なプレースタイルのように感じますが、実はそうではありません。

試合前には映像で相手投手の研究をするだけではなく、試合後には映像で自分のバッティングの確認をおこなっていました。
研究は配球にもおよび、キャッチャーの配球の癖なども自分自身で研究をしていました。
そして体調管理だけでなく、メンタルの管理も重要視しておこなっていたそうです。

他に類をみないほど安定した成績を毎年残せるのは、ラミレスのこのような努力の賜物だったのでしょう。
実際、ラミレスほど不振のシーズンが少ない選手はほとんどいません。

2016年は、ラミレスが日本プロ野球界を盛り上げてくれることを期待しましょう!

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