吹奏楽の名曲シリーズ、今回はプロコフィエフ作曲の「ロメオとジュリエット」 を紹介したいと思います。

第1幕第2場で演奏される第13曲「騎士たちの踊り」はソフトバンクのCMやのだめカンタービレでも使用されているので、音楽ファン以外でも1度は耳にしたことのある音楽かもしれません。

プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は吹奏楽で演奏されることがよくありますが、元々はオーケストラのために書かれたバレエ音楽です。

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シェイクスピアの悲劇に基づいた作品

プロコフィエフ作曲の「ロメオとジュリエット」はタイトルの通り、イギリスの劇作家シェイクスピアによる悲劇をもとにしたバレエ音楽です。
1935年に作曲されましたが、当時の台本は「ロメオとジュリエット」にもかかわらず、ハッピーエンドの物語となっていました。
バレエ音楽ですので、当然役者はダンサーです。
ダンサーが死んでしまっては踊れなくなるということで、ジュリエットが死なずにハッピーエンドになったようです。

ただやはり「ロメオとジュリエット」は悲劇です。
結局は原作通り悲劇に書き直し、悲劇的な結末も踊りで表現するようになっています。

もともとは2時間半の大作

吹奏楽版では短い演奏時間ですが、元々は物語のあるバレエ音楽ですので演奏時間は2時間半にも及ぶ大作です。
全部で4幕から成り、52曲にもおよびます。

その後、プロコフィエフ自身がオーケストラのコンサート用としての組曲を3つ作っています。
いわゆる「ロメオとジュリエット」のベスト盤のようなものです。
その組曲の中では、組曲第2番が1番多く演奏される機会が多く、演奏時間は約30分ほどとなっています。

ただ組曲全曲を演奏する機会もそれほど多くなく、組曲第1番と組曲第2番からさらにピックアップして数曲演奏されることが現在では多くなっています。
「ベスト盤のベスト盤」というわけですね。

幼少から才能に溢れていたロシアの作曲家、プロコフィエフ

プロコフィエフはロシアの作曲家ですが、彼の人生は激動的でした。
貴族の農場の管理人の家で生まれたプロコフィエフは幼少の頃からその才能を発揮します。
5歳のときには作曲を初め、なんと9歳でオペラ「巨人」を書いてしまうのです。

ロシアでその音楽の力を着々とつけてきたプロコフィエフですが、1917年にロシア革命が起こります。

Prokofiev

アメリカへ亡命

ロシア革命の翌年の1918年、周囲の説得も実らずプロコフィエフはアメリカへ亡命することになります。
ちなみにアメリカへ亡命するときの経由地として日本にもしばらく滞在しています。
その時に東京や横浜でピアノリサイタルも開いています。

アメリカに滞在したのちに、1923年には拠点をフランスに移します。
この亡命時期にプロコフィエフは結婚もし子供も授かりました。

ロシアへ戻る→「ロメオとジュリエット」

1918年~1932年という15年近くもの間ロシアと離れていたプロコフィエフでしたが、1933年にようやく帰国します。
そしてその頃(1935年)に作曲されたのが、この「ロメオとジュリエット」 なのです。

プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」の吹奏楽の演奏


駒澤大学吹奏楽部による演奏