蝶々夫人(マダムバタフライ)のあらすじ~初めてのオペラ~

日本を舞台にしたオペラと言えば、やはりジャコモ・プッチーニ作曲の「蝶々夫人」ですね。
「マダムバタフライ」というタイトルで聞いたことがある方もいるかもしれません。

日本人がオペラを演じると少なからず外見において不自然な印象を受けますが、この蝶々夫人だけは違います。
日本人が主役となっているオペラです。
そのため日本においては特に上演回数の多いオペラでもあります。

幸せな時間は一瞬しかなく、ストーリーのほとんどが切ないため好き嫌いの別れる作品でもあるかもしれません。
ここでは蝶々夫人のあらすじを簡単に紹介したいと思います。

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忠実な日本人とチャラいアメリカ人の儚い恋物語

題名にもなっている蝶々夫人というのは
その名の通り「ちょうちょうさん」という芸者さんです。
オペラの歌詞の中にも
「チョウチョウサーーーーン」と出てきます。

蝶々夫人は仲介人に
アメリカ海軍士官のピンカートンとの結婚を進められます。

その結婚を反対する人も多かったのですが、
「たとえ私はひとりぼっちになろうとも
貴方のお側におります」
と日本人らしい我慢強さ、真面目さを持って
ピンカートンと結婚します。

月日は流れ、
ピンカートンは日本での仕事を終えて
「コマドリが巣を作る頃に帰ってくる」
というなんとも曖昧なことを言ってアメリカに帰国しました。

蝶々夫人は
「あれから何度もコマドリは巣を作ってるのに
アメリカでは日本より巣を作る回数が少ないのよね。きっと。」
などと自分に言い聞かせながら夫の帰りを待っています。

そこへ「ピンカートンの乗った船が港に着いた。」
との知らせが来ます。

蝶々夫人は喜びますが…
ピンカートンにはアメリカ人の妻がいたのです。

蝶々夫人はあまりのショックに耐えきれず
刀を手に取り自害します。

場面は1890年代の長崎

1890年代というと明治23~33年。
日清戦争があったり、
第一次世界大戦があったり。
そんな中でのアメリカ人の日本人の結婚ですから
反対する人も多かったでしょうね。

日本の美

この蝶々夫人には日本的な和声、リズムが多用されています。
(ピンカートンの旋律にはアメリカの要素も含まれています。)

また演出も見どころの1つです。
我々日本人から見ると不思議に思うこともたまにありますね。
外人キャストが着物、カツラをつけていることに違和感を感じたり。
でも、もしかすると逆にイタリアオペラを
日本人がやってることも見た目的には不自然なのかもしれませんが。

舞台の色使いや、着物、所作の美しさも
西洋が舞台のオペラとはまた違った見どころですね。

ある晴れた日に

「ある晴れた日に」
この曲は有名ですね。
蝶々夫人がピンカートンの帰りを待っている場面で歌われます。

ある晴れた日に彼は帰ってくるの。
でも 私は迎えには行かないわ。
彼が山を登ってこちらへやって来る。
そして 私の名前を呼ぶのよ。
そしたら私は隠れるの。
だって すぐに彼に会ったら
嬉しすぎて死んでしまうかも知れないもの。
きっと彼は帰ってくるわ。
私はそれを待ってるの。

あぁ。なんと健気なんでしょう。

その後のピンカートンの帰りを知った後の
花の二重唱も素敵ですね。

部屋中に花びらを撒いて
ピンカートンの帰りを待つというサプライズ。

チョウチョウサーーーーーーン!!
なんと可愛らしいサプライズ!!

私たちはその後の結末を知っているからこそ
その可愛らしさが泣けてくるのです。

この様に歌詞の内容を
大雑把にでも理解していると
字幕を見なくて済むので
音楽も演技も集中して見られます。

皆さんも思いっきり感情移入をして
オペラを楽しんで見てください。

このDVDではフレーニとドミンゴのまさに「脂ののった演奏」が聴けます!
ちなみに生の舞台ではなく、映画です。
「日本て外国はこのように見られているの!?」と感じる面白い演出やセットにも注目です。

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