群馬県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみた

今回は群馬県出身の歴代プロ野球選手のベストナインを選んでみました。

もちろん9人以外にもプロ野球界で活躍した群馬県出身の選手はいますので、そちらを含め群馬を代表するプロ野球選手たちをその後にまとめてみました。

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ベストナイン

異論はあるかもしれませんが、このようになりました。

1番 中 利夫(センター)
2番 安達 了一(セカンド)
3番 毒島 章一(ライト)
4番 佐野 仙好(サード)
5番 常見 昇(レフト)
6番 五十嵐 章人(ファースト)
7番 皆川 定之(ショート)
8番 清水 将海(キャッチャー)
9番 渡辺 久信(ピッチャー)

※佐野仙好は同期に掛布雅之がいたため外野手に転向しましたが、元々は三塁手でした。

投手

渡辺 久信(わたなべ ひさのぶ、1965年8月2日 – )

西武の黄金時代に活躍した、最多勝利(1986年、1988年、1990年)・最高勝率(1986年)・最多奪三振(1986年)などの実績ほ誇る大投手です。
ベストナイン(1986年)・ゴールデングラブ賞(1990年)・ノーヒットノーラン(1996年6月11日)のほか、オールスターにも6度選ばれています。
通算389試合に登板し125勝・防御率3.67の成績を残しました。

群馬県立前橋工業高等学校
西武ライオンズ (1984 – 1997)
ヤクルトスワローズ (1998)

宮田 征典(みやた ゆきのり、1939年11月4日 – 2006年7月13日)

リリーフ専門の投手が少ない時代にリリーフとして活躍し、登板する時間帯から「8時半の男」と呼ばれました。
1965年には日本シリーズで最優秀投手賞を獲得しています。
通算267試合に登板し防御率2.63の成績を残しました。

群馬県立前橋高等学校
日本大学
読売ジャイアンツ (1962 – 1969)

小林 正人(こばやし まさと、1980年8月21日 – )

先発としての登板は1度もなく10年に渡って中日のブルペンを支えました。
通算293試合に登板し、防御率2.90と安定した成績を残しました。

桐生第一高等学校
東海大学
中日ドラゴンズ (2003 – 2014)

永井 怜(ながい さとし、1984年9月27日 – )

2006年の大学生・社会人ドラフト1巡目で、入団からの5年間は楽天の投手陣を支えました。
それ以降は思うような成績が残せず、2015年に引退しました。
通算155試合に登板し、43勝・防御率3.65の成績を残しました。

東京農業大学第二高等学校
東洋大学
東北楽天ゴールデンイーグルス (2007 – 2015)

髙橋 光成(たかはし こうな、1997年2月3日 – )

これからが大注目の2014年のドラフト1位です。
近年の群馬県のドラフト1位投手は伸び悩んでいますので、是非活躍してほしいところです。

前橋育英高等学校
埼玉西武ライオンズ (2015 – )

中山 慎也(なかやま しんや、1982年2月22日 – )

2005年の大学・社会人ドラフト5巡目で先発で活躍したのちに、2012年以降は中継ぎとしてブルペンを支えました。
通算で178試合に登板しています。

群馬県立桐生南高等学校
城西大学
JR東海
オリックス・バファローズ (2006 – 2015)

藤岡 貴裕(ふじおか たかひろ、1989年7月17日 – )

2011年のドラフト1位
さらなる飛躍が期待されるロッテの左腕です。
先発として思うような結果が出せず、2015年からは中継ぎに回っています。

桐生第一高等学校
東洋大学
千葉ロッテマリーンズ (2012 – )

斎藤 佑樹(さいとう ゆうき、1988年6月6日 – )

2010年のドラフト1位、「ハンカチ王子」こと斎藤 佑樹です。
プロに入ってからは、2015年までの5年間で14勝と伸び悩んでいます。

早稲田実業学校高等部
早稲田大学
北海道日本ハムファイターズ (2011 – )

一場 靖弘(いちば やすひろ、1982年7月5日 – )

金銭授受問題発覚後、2004年に自由獲得枠で楽天へ入団しました。
プロでは思うような結果は残せず、91試合に登板し16勝におわっています。

桐生第一高等学校
明治大学
東北楽天ゴールデンイーグルス (2005 – 2008)
東京ヤクルトスワローズ (2009 – 2012)

正田 樹(しょうだ いつき、1981年11月3日 – )

1999年のドラフト1位
甲子園を沸かせ、プロでは新人王にも輝きました。
その後は伸び悩み通算123試合に登板し25勝に終わっています。

桐生第一高等学校
日本ハムファイターズ/北海道日本ハムファイターズ (2000 – 2006)
阪神タイガース (2007 – 2008)
東京ヤクルトスワローズ (2012 – 2013)

捕手

清水 将海(しみず まさうみ、1975年1月9日 – )

ロッテの正捕手として定着したこともあるプレーヤーです。
通算683試合に出場しています。

東京農業大学第二高等学校
青山学院大学
千葉ロッテマリーンズ (1997 – 2004)
中日ドラゴンズ (2005 – 2010)
福岡ソフトバンクホークス (2010 – 2011)

狩野 恵輔(かのう けいすけ、1982年12月17日 – )

キャッチャーとして活躍していましたが、ここ数年は外野手として出場しています。
2015年までに通算331試合に出場し179安打を放っています。

群馬県立前橋工業高等学校
阪神タイガース (2001 – )

松井 雅人(まつい まさと、1987年11月19日 – )

2015年までに190試合に出場していますが、打率は.153と湿りがちです。

桐生第一高等学校
上武大学
中日ドラゴンズ (2010 – )

内野手

安達 了一(あだち りょういち、1988年1月7日 – )

2011年のドラフト1位で、オリックスのショートとして活躍中です。
2013~2015年まで3年連続で130試合以上に出場しています。

群馬県立榛名高等学校
上武大学
東芝
オリックス・バファローズ (2012 – )

五十嵐 章人(いがらし あきひと、1968年4月12日 – )

内野も外野もこなすユーティリティプレーヤーで、ピッチャーを含む全ポジションを経験した珍しい選手です。
ピッチャーとしての出場は、当時の仰木彬監督が大差で負けていた試合に登板させた粋な演出でした。
通算870試合に出場し422安打・打率.234を記録しています。

群馬県立前橋商業高等学校
日本石油
ロッテオリオンズ/千葉ロッテマリーンズ (1991 – 1997)
オリックス・ブルーウェーブ (1998 – 2001)
大阪近鉄バファローズ (2002 – 2003)

皆川 定之(みながわ さだゆき、1919年10月9日 – 1986年12月11日)

1942年~1947年の間を経てプロ野球界に復活した経歴を持つ、戦前戦後を支えた遊撃手です。
通算895試合に出場し630安打・打率.204の成績を残しました。

旧制群馬県立桐生中学校
大阪タイガース
阪神軍 (1937 – 1941)
急映フライヤーズ/東急フライヤーズ (1948 – 1952)

外野手

中 利夫(なか としお、1936年4月28日 – )

首位打者(1967年)、盗塁王(1960年)、ベストナイン5回を獲得した高度経済成長期の日本を盛り上げた名プレーヤーです。
オールスターにも6度選ばれています。
通算1877試合に出場し1820安打・打率.277と輝かしい実績を残しています。

群馬県立前橋高等学校
中日ドラゴンズ (1955 – 1972)

毒島 章一(ぶすじま しょういち、1936年1月14日 – )

東映一筋でプレーし、「ミスターフライヤーズ」と呼ばれました。
ベストナインを3度受賞し、オールスターにも8度選ばれています。
通算2056試合に出場し、1977安打・打率.277という輝かしい実績です。

群馬県立桐生高等学校
東映フライヤーズ (1954 – 1971)

佐野 仙好(さの のりよし、1951年8月27日 – )

阪神一筋の選手で、1985年の優勝にも貢献しました。
通算1549試合に出場し、1316安打・打率.273と素晴らしい成績を残しています。

群馬県立前橋工業高等学校
中央大学
阪神タイガース (1974 – 1989)

駿太(ごとう しゅんた、1993年3月5日 – )

2010年のドラフト1位
2015年までに441試合に出場し、195安打・打率.229の成績です。

群馬県立前橋商業高等学校
オリックス・バファローズ (2011 – )

岡島 豪郎(おかじま たけろう、1989年9月7日 – )

2011年のドラフト4位です。
キャッチャーとして入団しましたが打撃力を活かすために、2年目より外野手として出場するようになりました。

関東学園大学附属高等学校
白鴎大学
東北楽天ゴールデンイーグルス (2012 – )

木暮 力三(こぐれ りきぞう、1923年2月21日 – )

戦前戦後に活躍した選手で、2点差リードしている中で満塁サヨナラ落球という珍プレーを生み出しだ人物です。
通算418試合に出場し、264安打・打率.228を記録しています。

桐生中学校
東京巨人軍 (1942 – 1944)
パシフィック/大陽ロビンス (1946, 1948 – 1949)
全桐生/西鉄クリッパース (1950)

常見 昇(つねみ のぼる、1928年3月30日 – 2005年11月16日)

戦後のプロ野球界で活躍した外野手です。
通算884試合に出場し、742安打・打率.257の成績を残しました。

桐生中学校
明治大学
東急フライヤーズ/東映フライヤーズ (1949 – 1955)
阪急ブレーブス (1956)

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